雲の向こうは いつも青空

メンタルヘルスと向き合う私の日記

物事に意味を求めてしまうときに

そこまでして、やらなきゃいけないのだろうか

これに何の意味があるんだろうって

少し捻くれてしまうときはありませんか。

 

どうしてそうなるのでしょうか。

私が上記のような考えをしてしまうときは

・物事にやりがいを感じられないとき

・やらなくても誰にも迷惑かけないだろう、と思う時

・疲れて感情が薄れているとき

・何をしたってだめなんだって悲観しているとき

 

が多いです。

他にもネットでこうなる原因を調べてみると、

自らの欲望が弱くなったり、

方向性に迷いを生じたりするとき

というのもありました。

 

ここで述べた以外にも様々な理由で

行為に意味をもとめてしまう

ということはあるかもしれません。

 

例えば料理をするときに

食べる人に喜んでもらいたい、

がモチベーションだったとします。

あるときそれを感じられなくなってしまったとき

なんで私は人に喜んでもらいたいんだろう?

そもそも人を喜ばせるってどういうことだろう、、?

というようにどんどんループにはまって抜け出せなくなるからです。

 

ある人にとって、食べる人に喜んでもらいたい、がやりがいならばその人にとってはこのやりがいが重要なのです。

このように、自分に合った意味があれば、満足できることもあるのです。

 

私が何事にも意味を求めてしまう状態に陥っていたとき、ネットでこう書かれているのを目にしました。

 

人はささいなことから複雑なことまで、そこにある意味を求めてしまうのだそうです。

だから、このような考えは不思議ではないということを知りました。

また、素敵な名言を発見しました。

 

 

意味は「ある」ものではなく「与える」もの。

意味が初めからそこにあるのではなく

誰かが決めて初めて「意味」になる。

意味は自分で決めていい。

 

 

引用のサイト名を忘れてしまい、URLを載せられないのが心苦しいのですが、この時に発見したのがこの言葉です。

 

私はこの言葉を知って、心にストンと落ちる感覚がありました。

意味は自分で決めていい、との言葉に励まされたような気がしました。

急に意味を追求してしまう癖を直すのは難しいけど自分に合ったぴったりの意味を探せたらな、と思います。

 

これを読んでくださった方も、何にも意味はないんじゃないか?と行き詰ったときに思い出していただけると嬉しく思います。

 

 

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