雲の向こうは いつも青空

メンタルヘルスと向き合う私の日記

見つけた、私の光。

素敵な言葉を見つけました。

 

「すべてを満たすものなんてない」

 

ひとつのモノやコトのなかに

「いい」も「よくない」もあっていいと知れば

人は自由になれます。

 

松浦弥太郎さんの言葉です。

 

私は なんとなく 思ってしまうことがありました。

何かが、満たされないと。

その思いは、だんだんと大きくなっていきます。

そして、そんな時、私は無茶食いすることで心を満たしていました。

 

食べ物をたくさん食べること、

特に甘いものをたくさん食べるのは、

手っ取り早く快感を得られることでした。

私の脳は、その快楽を知ってしまったのだと思います。

 

このブログでも、何度か食べることを丁寧にしたいと綴りつつ、

無茶食いをすれば満たされると思う自分もいました。

 

 

でも、必ず罪悪感に襲われました。

たくさん食べてしまったこと

丁寧に味わえなかったこと

制限できなかったこと

これらで、自分はだめなんだとますます思いました。

一見、早く快感を得られそうに思えてもそれは一瞬。

 

 

私は日々を過ごす中で、次のように思っていたと思います。

大きな幸せが欲しい。

もっと、もっと満たされたい。

嫌なこと全部忘れるくらいの大きな大きな幸せが欲しい。

 

 

私は「すべてを満たすものなんてない」という言葉を見つけ、ハッとしました。

大きな大きな幸せなんてないんだ。

ちょっと残念でした。

でも逆に言えば辛さばかりで溢れることはないんだ、という気づきがありました。

 

 

これから私に必要なのは

小さな幸せを、幸せと受け止めること

そして物事には明と暗があることを知ること

だと思います。

 

 

 

少し話がそれますが

ドラセナ、という木には 幸福の木 という花言葉があるそうです。

しかし、もう一つ花言葉があります。

その言葉は、名もない寂寥 です。

寂寥とは、心が満ち足りず、もの悲しいことという意味です。

 

 

幸福にも、影が潜んでいる。

すべてを満たすものなんてないのです。

 

 

私はこの言葉を知って、

何だかほっとする気持ちがありました。

 

完璧なんてないんだ、と。

 

いいことも、よくないこともあっていいんだ、と。

 

 

すべて満たすものなんてない。

 

私にとってこの言葉との出会いは

一筋の光が差し込んだようでした。

 

これで私の無茶食いが治るのかは正直わかりません。

でも、それでも、前よりずっとずっと心が楽になったような気がします。

今回本当に思ったのです、

 

治したい、と。

 

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おまけ

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今回、ブログに書きたいことを書き出してみました。

そのくらい、大きな気づきでした。

 

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